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ブログのせつめい。 - 2037.12.14 Mon
ブログSateenkaari(フィンランド語で虹)は、今の所フィンランドの情報などはまったくない、管理人しょうへいの駄文を連ねまくったブログです。
フィンランドの情報を探して来た方は残念ですが、閉じた方がいいと思います。
ごめんちゃい。
以下説明。
管理人・・・管理人についての色んな説明やらなんやらかんやら。
未分類・・・分類してないだけ。仕事してないだけです。すんません。
日常・・・自分の日常についての駄文が多いと思います。
野球・・・阪神タイガースが主にメインですが、他球団も取り扱ってるかもしれません。
野球に興味の無い人!是非、野球ファンになろう を読んで貴方も野球ファンに!!
球場の情報はこちらから。
旅・・・旅行に行った時の日記です。旅先から更新したりもします。
旅情報・・・行った国の旅の情報などはここから。情報は常に変わるので、情勢が変わっていても保障はできません。あくまで参考程度にお使いください。
何か聞きたいことがあれば下のメールアドレスからどぞぞ。
世界の食堂から。・・・世界中の食べ物紹介してみようフォトコラム。
FF11・・・11、ヴァナディールでの記録。
FF14・・・14、エオルゼアでの旅路。
ひとりごと・・・なんか色々ぼやいてます。
読書・・・読書したものに対しての感想など。
音楽・・・好きな音楽に対しての感想など。
100質・・・ここをみればもっと管理人の事がわかるかもしれません。
ニュース・・・ニュースに対しての感想など。
映画・・・映画に対しての感想など。
風景・・・気に入った風景写真を文章とともに。
狩日記・・・狩人日記。停滞気味。
メールはこっちまでどーぞ。
mt_mckinley6194■yahoo.co.jp
■→@に変えてください。
リンクはフリー。
めんどっちいので勝手にリンクしちゃってください。
相互リンクは大歓迎です。
日本赤十字社へのリンク。

このブログはしょうへいの駄文を綴ったブログです。
被災地の皆様からすれば、もしかしたら不謹慎、無神経ととれるような内容に取られる日記も散見されるかもしれませんが、しょうへいの身の回りの出来事を楽しく書いていこうとしているブログですので、何卒その点につきましてはご了承くださいますよう御願いします。
被災地の皆様の無事を祈りますと共に、被災地の復興ならびに日本経済が活力を取り戻す事を祈っております。
しょうへい@管理人
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ごめんちゃい。
以下説明。
管理人・・・管理人についての色んな説明やらなんやらかんやら。
未分類・・・分類してないだけ。仕事してないだけです。すんません。
日常・・・自分の日常についての駄文が多いと思います。
野球・・・阪神タイガースが主にメインですが、他球団も取り扱ってるかもしれません。
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旅情報・・・行った国の旅の情報などはここから。情報は常に変わるので、情勢が変わっていても保障はできません。あくまで参考程度にお使いください。
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世界の食堂から。・・・世界中の食べ物紹介してみようフォトコラム。
FF11・・・11、ヴァナディールでの記録。
FF14・・・14、エオルゼアでの旅路。
ひとりごと・・・なんか色々ぼやいてます。
読書・・・読書したものに対しての感想など。
音楽・・・好きな音楽に対しての感想など。
100質・・・ここをみればもっと管理人の事がわかるかもしれません。
ニュース・・・ニュースに対しての感想など。
映画・・・映画に対しての感想など。
風景・・・気に入った風景写真を文章とともに。
狩日記・・・狩人日記。停滞気味。
メールはこっちまでどーぞ。
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■→@に変えてください。
リンクはフリー。
めんどっちいので勝手にリンクしちゃってください。
相互リンクは大歓迎です。
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このブログはしょうへいの駄文を綴ったブログです。
被災地の皆様からすれば、もしかしたら不謹慎、無神経ととれるような内容に取られる日記も散見されるかもしれませんが、しょうへいの身の回りの出来事を楽しく書いていこうとしているブログですので、何卒その点につきましてはご了承くださいますよう御願いします。
被災地の皆様の無事を祈りますと共に、被災地の復興ならびに日本経済が活力を取り戻す事を祈っております。
しょうへい@管理人
被災地ボランティア報告など。 - 2011.11.06 Sun
思うところが多々あるし、また言葉で表しきれない事もあるだろうけれど、とりあえず思いついたままに書いていくので長文になる事をご了承ください。
そして最後に被災地で写真撮影をしてもよいと言う許可が地元の区長さん含め、ボランティアセンター(以下ボラセンと表記)から許可を頂いたので、そちらも活動報告として掲載したいと思います。(別日記に。)
但し、自分はそういった物は見たくないという人はページを戻すなり閉じるなりしていただければ、と考えます。
【1日目(大阪〜福島県)】
11月2日〜11月6日まで、被災地ボランティアに行ってきた。
この時期を選んだのには色々訳があるのだが、一つだけ述べると、おそらくボランティアセンターの人数も減っているだろうし、支援の手も減っているだろう、と言う事でこの時期を選ばせてもらった。
また、言葉で言うのも確かに大事だし、訴えるのも確かに大事なのだが、自分自身が行動する事も大事だと考え、今回は行動させてもらった。
自分自身に出来る事をやろうと考え、バスに乗り込む。
10時頃にバスは出発した。
バスの中では自己紹介などを行い、その日は眠った。
ニュースで見た風景が現実で見たら自分の目で見たらどう写るのか、そういった事を日記に書いた。
【2日目(福島県〜陸前高田〜遠野)】
朝方起きたら、バスは福島県に到着していた。福島の磐梯山辺りにバスは停車する。
海の向こうには被災地、そして今問題になっている福島第一原子力発電所がある。
前までは福島と言うと桃がおいしかったり、16才の時、日本縦断旅行をした際に果物やら食べたな・・・と言うイメージだったが、今では大半の人が福島原発の事故を思い起こす場所になった。
それはとても悲しい事だし、また忘れてはならない事のように感じる。
バスはそこからしばらく行き、一関で休憩を取った後、陸前高田市内へと向かった。
山を降りると陸前高田市内に入る。
最初、自分の座席から見て右手に草っぱらが見えた。
自分は見た時に、草っぱら綺麗だな、くらいにしか捉えていなかった。
しばらく行くと、目の前には一階部分が津波で流されさらわれた家が見えた。
家の土台だけの家も見えた。
ほっかほっか亭はお弁当やさんの店舗がつぶれたからだろうか・・・トラックを店にして営業していた。
そして先ほどの草っぱらの光景の意味を理解した。
・・・そうか、あそこは津波で流された後に草が生えた所なんだ、と。
それぐらい違和感のないくらいに元あったような風景が広がっている。
海からは2〜3kmも離れている場所なのだが。。。
海に近付くにつれ、とてつもない光景が見えてきた。
整理されているとはいえ、酷い光景だった。
めちゃくちゃになった車が山積みにされている。
ガードレールは途中からもげて原型がなくなり、止まれの標識は根元から折れ、止まれの標識部分がぐるぐる丸まっている。
街路樹は全て根こそぎ無い。
自分の窓から見える光景は何も無い中にガレキが積み上げられている光景だった。
遠くにはデパート、病院が見える。
しかし3〜4階部分まで全て根こそぎやられていた。
病院は震災当初、周りがガレキと海水でめちゃくちゃだった為、屋上で「SOS」の文字を作っていた病院だそうだ。
しばらくして中学校の前にバスは止まった。
正確に言えば中学校跡、と言うのが正しいかもしれない。
ガレキの中にはテニスコートの網だとか、机、黒板・・・色々な物がガレキとして残っていた。
そんな何も無い風景、そして建物が壊れている中でガソリンスタンドを営業している人達が居た。そこで一人、トイレに行きたかったのでトイレを借りると、どこから来たの?と言われる。
大阪からです、と言うと、遠い所から本当に大変だったね、ありがとうね、、、と言われた。
ガソリンスタンドで働いているおじさんたちの方が大変だろうに。
本当に頭が下がる思いだ。
海の手前には7万本の松の中から一本だけ残った松が見えた。
陸前高田の人達はこの松に対しての思い入れが強く、この松を「希望の一本松」と名付けていた。
自分も登山をやっていて自然に対しては畏怖とかそういった物を抱くが、ここで考えた事は、自然の力の両方の意味での凄まじさ、だった。(町をいくつも破壊する程の力、そして松が一本だけ残って懸命に生きているあの生命力の凄まじさ。)
地元の漁師さんは、ワカメを育てていたが、今年はもう駄目だ、と言う話をされていたそうだ。自分はガソリンスタンドに行っていたから、後から聴いた話なのだが。
海の向こうには野球場がそのまま沈んでいた。
信じられない光景がそこにはあった。
陸前高田からボラセンのある遠野まで移動する途中、道の駅ならぬ川の駅に立ち寄る。
トイレの前には写真が沢山はってあるのだが、とある文字を見ていた時、こみ上げてくる物があった。
陸前高田は津波にのまれ・・・と説明が書かれていて、最後は「消滅しました」で締められていた。
町の以前と津波後では海岸線の形まで違っていた。
その事に大変に驚いた。ここまで変わってしまうものだろうかと。
川の駅を後にし、ボラセンへ。ここでしばらく世話になる。
一日目は疲れもあり、近所の大きなスーパーでお酒を飲んで寝る事にした。
【3日目(遠野〜釜石〜大船渡〜陸前高田)】
朝のチャイムで目が覚める。朝ごはんを食べ、身の回りの整理などし、瓦礫撤去隊は7時過ぎに出発。自分達は今日は別行動になるため、8:40に出発した。
今日の作業内容は幼稚園児のお絵かき支援。そして小学生と学童で遊ぶ事。
まずは遠野から釜石へ。
釜石の幼稚園では園長先生が出迎えてくれた。
釜石の被害状況等を話される間、自分は真剣に聞き入った。
「地震が来たなら高い所へ逃げろと小さい頃から教わっていました」とおっしゃっていた。
津波がそれだけ多い地域だったのだろう。
幼稚園児とは一時間ほどだったが、一緒に絵をかかせてもらった。
その中で4人ほどの子と長い間、接したのだが、震災直後別の保育園では、友達が流された、親が流されたと言ったような事を笑顔で言っていたそうだ。(子どもだから恐らくそういった事が理解できていないのだろう。)
ちなみに幼稚園児だが・・・一人の女の子。
「好きなものなにかな?」と聴くと、「するめいか」
と答えていた・・・。すげえセンスだwww
そしてにんじんやら野菜を書いてる子が結構いた。
「にんじんって美味しい?」と聴くと「あまいよ!」と言っていた。
良い所に育ったんだなぁ・・・。野菜ってすげー甘いもんなぁ。
しかし子どもも明るい絵を描いていたのでそれが何よりだと思った。この絵に関しては東京などで展示がされる。また詳細情報など欲しい方は是非連絡を。
最後は子どもに歌のプレゼントも貰った。
園長先生と話していた時、震災当初の事を「知って欲しい」と言う意味合いだろう。
懸命にその時の事を僕達に伝えてくれた。
仮設住宅の話、水は通ったから避難先の学校に持って行った事、停電をした、津波で家を失った人が子どもをおぶって山を越えてきた話・・・。
これから釜石を通る旨を伝えると、あそこも酷かった、駅から海側は地獄だった、とおっしゃっていた。
しかし最後に、必ずここにいる子ども達は守り抜きますと伝えてくれた。
幼稚園を後にして釜石市街へ向かった。
案内役兼運転役の人が、「ここは地元では津波以降はゴーストタウンって呼ばれているんですよね」と言って、駅前を通り過ぎる。
シャッターはめちゃくちゃに壊れ、家の1〜2階部分もめちゃくちゃに潰れていた。
そしてそこにスプレーで日付がかかれている。
その横には○、その上からは×のマーク。
「その○のマークは警察が入った印、×はその中からご遺体が出た家なんです・・・」
殆どの家に×印があって、人の気配が殆ど無くて。道を曲がると所々に家は残りつつも戦場で爆撃されたようなめちゃくちゃな家が立ち並んでいた。
マンションの3階部分はもげていた。そして階段の踊り場の壁が無い。マンションにはほとんど×印が、、、
凄まじい光景に涙がでそうになった。
山道を通って大船渡へ。
行く道すがら、小さな海に面している集落は全て家がなく、全滅していた。
こういった小さい所に支援の手は果たして回るのだろうか・・・?
途中休憩の後、大船渡第一中学校の仮設住宅を今後行うプロジェクトの為に視察、そしてその後、大船渡市へ。
大船渡はまだ整備があまりすんでいない印象を受けた。とりあえず車の道を確保したような感覚。
デパートの密集地帯、病院、全て先程と同じように一階部分ががらんどうになっていた。
しかし嬉しい事もあった。大船渡漁港が再開していて、カモメが群がっていた。
他にも、そういった被災地が見渡せるコンビニが営業していたり、普段の生活も取り戻しつつある。ただ、被災地を見る限り、復興には程遠い印象を受けた。
一体何年かかるのだろう、と言うのが自分の印象。
次に陸前高田へ。
陸前高田の小学校の学童と遊ぶ。
しばらく津波被害地域を通った後、小学校へ入った。
小学校のグランドも仮設住宅が並んでいる。とてもじゃないが思い切り遊べるような環境ではないと分かる。
ちなみに自分、何故かあだ名が途中からベーコンになった。訳がわからんぞwww
最初は女の子が遊ぼうと言うので、紙風船で遊んだ。そしてシャボン玉を吹いていると親御さんが来た。
親御さんが、どこから?とか、被災した事の話をしてもらった。
まだまだ被災地はこれから寒くなるから、本当は色々欲しいのだけど色々足りていない。毛布も足りていない、だとか、そういった話を聴いた。
実際、仮設には毛布が足りていないらしい。暖房器具も。
国が管理しているのだが、すべて行き渡っていないそうだ。
女の子はまたきてね!お兄ちゃん約束だよ、と大きい声で言いながら手を振りつつ、家に帰っていった。
途中から子どもと追いかけっこをしてあそんだ。
「おらとあそぼう」とか言われ、二人を追いかけて遊んだのだが、追いかけ疲れ(子どもは元気だ・・・)ちょっと休ませてくれ、、、と言い、休んでいると、唐突に、「近所の人が津波で流された」「友達のおかあさんが」とか言う話を笑いながらしてこられ、どう反応していいか分からなかった。
こういった子ども達は純粋だ。
純粋だからこそ傷つき易い。
心のケアや被災地の瓦礫撤去、、まだまだ足りない事が多くあるのだ、と感じた。
小学校を後にして、暗い陸前高田の被災地の郊外部を走る。
電気が通っていない廃墟が暗がりに映し出された。
凄く非現実な世界が広がっていた。
明日で作業は終りだ。
この日は弁当を買い、お風呂に入って寝た。
【4日目〜5日目(遠野〜陸前高田〜遠野〜大阪)】
陸前高田、海岸から2km〜3km離れた場所の瓦礫撤去をした。
ここも直接海を見る事が出来ない集落。
しかしガードレールがもげ、家が無い。
また、この場所は被災直後、サンマの冷凍加工工場から800tのサンマが流れ着き、腐敗し、腐っていた物が貯まっていた集落なのだそうだ。
今ではそれもボランティアの手により撤去されていて、今日は川の清掃作業をした。
最初におおまかな瓦などを撤去する。
そして掘る。
よく見ると川の干上がった石の表面が白い。これは多分、海水の塩が浮き出た物だろう。
少し掘ると出てくる出てくる。
自分が拾った物は色々あるが、、、おわん、茶器、カーテン、服、Gパン、木クズ、風呂のタイル、ガードレール・・・などなど。
とてつもなく色々な物が出てきた。
午後の作業は別の場所で瓦礫撤去。
ここでは子どものおもちゃが出てきたのが印象的だった。
このおもちゃを持っていた子どもが無事であれば良い、そう思った。
元々あった道が全て土砂で埋もれていて、どこがどこかの区別がつかなかった。
最後に被災者の方からコーヒーを貰った。何だか申し訳ない気分だったが、有り難く貰う事にした。
陸前高田を通り、遠野へ戻った。
荷物を手早くまとめ、ボラセンを後にした。
帰りに温泉へ入り、高速を通って、大阪へ帰宅した。
個人的に得た感想は、まだまだ支援が現地では必要だという事。
僕達が当たり前に暮らしている日常と別に、そういった現実が同じ国で起きているという事。
そして、数々の人が言っていた事ではあるが、忘れてはいけない、という事。
現地の人が話しかけてくるのも、やっぱりここに私たちがいるのを忘れられたく無いと言う思いだろう。
実際にそういった事を話しかけられもした。
被災地へ行って、自分のほうが教わった事が多かった。
ありがとう。
そしてこの事を忘れないで、またボランティアに行けたら行きたいと思ったし、家族を持って、もし東北が復興したら家族と一緒に行きたいと思う。
自分の青春時代、こういった事があって色々叫ばれているが、行動し、何か自分でやった事が本当に自分の為にもなったし、そして他者の為になっていたら(未だに何か手助けが出来たのだろうか・・・?と自問自答してもいるが。)幸いだ。
日常生活を過ごすのも、被災地の支援。
自分達が経済を回していくのも被災地の支援。
そして被災地の事を忘れないのも被災地の支援だと思った。
さて、今日からまた改めて、自分も自分の為に、そして自分の夢の為にやりきっていこう。
『青年時代に悲観していてはいけません。徹底的に戦うのです。− 魯迅』
自分が出来る事を徹底的に。
そして最後に被災地で写真撮影をしてもよいと言う許可が地元の区長さん含め、ボランティアセンター(以下ボラセンと表記)から許可を頂いたので、そちらも活動報告として掲載したいと思います。(別日記に。)
但し、自分はそういった物は見たくないという人はページを戻すなり閉じるなりしていただければ、と考えます。
【1日目(大阪〜福島県)】
11月2日〜11月6日まで、被災地ボランティアに行ってきた。
この時期を選んだのには色々訳があるのだが、一つだけ述べると、おそらくボランティアセンターの人数も減っているだろうし、支援の手も減っているだろう、と言う事でこの時期を選ばせてもらった。
また、言葉で言うのも確かに大事だし、訴えるのも確かに大事なのだが、自分自身が行動する事も大事だと考え、今回は行動させてもらった。
自分自身に出来る事をやろうと考え、バスに乗り込む。
10時頃にバスは出発した。
バスの中では自己紹介などを行い、その日は眠った。
ニュースで見た風景が現実で見たら自分の目で見たらどう写るのか、そういった事を日記に書いた。
【2日目(福島県〜陸前高田〜遠野)】
朝方起きたら、バスは福島県に到着していた。福島の磐梯山辺りにバスは停車する。
海の向こうには被災地、そして今問題になっている福島第一原子力発電所がある。
前までは福島と言うと桃がおいしかったり、16才の時、日本縦断旅行をした際に果物やら食べたな・・・と言うイメージだったが、今では大半の人が福島原発の事故を思い起こす場所になった。
それはとても悲しい事だし、また忘れてはならない事のように感じる。
バスはそこからしばらく行き、一関で休憩を取った後、陸前高田市内へと向かった。
山を降りると陸前高田市内に入る。
最初、自分の座席から見て右手に草っぱらが見えた。
自分は見た時に、草っぱら綺麗だな、くらいにしか捉えていなかった。
しばらく行くと、目の前には一階部分が津波で流されさらわれた家が見えた。
家の土台だけの家も見えた。
ほっかほっか亭はお弁当やさんの店舗がつぶれたからだろうか・・・トラックを店にして営業していた。
そして先ほどの草っぱらの光景の意味を理解した。
・・・そうか、あそこは津波で流された後に草が生えた所なんだ、と。
それぐらい違和感のないくらいに元あったような風景が広がっている。
海からは2〜3kmも離れている場所なのだが。。。
海に近付くにつれ、とてつもない光景が見えてきた。
整理されているとはいえ、酷い光景だった。
めちゃくちゃになった車が山積みにされている。
ガードレールは途中からもげて原型がなくなり、止まれの標識は根元から折れ、止まれの標識部分がぐるぐる丸まっている。
街路樹は全て根こそぎ無い。
自分の窓から見える光景は何も無い中にガレキが積み上げられている光景だった。
遠くにはデパート、病院が見える。
しかし3〜4階部分まで全て根こそぎやられていた。
病院は震災当初、周りがガレキと海水でめちゃくちゃだった為、屋上で「SOS」の文字を作っていた病院だそうだ。
しばらくして中学校の前にバスは止まった。
正確に言えば中学校跡、と言うのが正しいかもしれない。
ガレキの中にはテニスコートの網だとか、机、黒板・・・色々な物がガレキとして残っていた。
そんな何も無い風景、そして建物が壊れている中でガソリンスタンドを営業している人達が居た。そこで一人、トイレに行きたかったのでトイレを借りると、どこから来たの?と言われる。
大阪からです、と言うと、遠い所から本当に大変だったね、ありがとうね、、、と言われた。
ガソリンスタンドで働いているおじさんたちの方が大変だろうに。
本当に頭が下がる思いだ。
海の手前には7万本の松の中から一本だけ残った松が見えた。
陸前高田の人達はこの松に対しての思い入れが強く、この松を「希望の一本松」と名付けていた。
自分も登山をやっていて自然に対しては畏怖とかそういった物を抱くが、ここで考えた事は、自然の力の両方の意味での凄まじさ、だった。(町をいくつも破壊する程の力、そして松が一本だけ残って懸命に生きているあの生命力の凄まじさ。)
地元の漁師さんは、ワカメを育てていたが、今年はもう駄目だ、と言う話をされていたそうだ。自分はガソリンスタンドに行っていたから、後から聴いた話なのだが。
海の向こうには野球場がそのまま沈んでいた。
信じられない光景がそこにはあった。
陸前高田からボラセンのある遠野まで移動する途中、道の駅ならぬ川の駅に立ち寄る。
トイレの前には写真が沢山はってあるのだが、とある文字を見ていた時、こみ上げてくる物があった。
陸前高田は津波にのまれ・・・と説明が書かれていて、最後は「消滅しました」で締められていた。
町の以前と津波後では海岸線の形まで違っていた。
その事に大変に驚いた。ここまで変わってしまうものだろうかと。
川の駅を後にし、ボラセンへ。ここでしばらく世話になる。
一日目は疲れもあり、近所の大きなスーパーでお酒を飲んで寝る事にした。
【3日目(遠野〜釜石〜大船渡〜陸前高田)】
朝のチャイムで目が覚める。朝ごはんを食べ、身の回りの整理などし、瓦礫撤去隊は7時過ぎに出発。自分達は今日は別行動になるため、8:40に出発した。
今日の作業内容は幼稚園児のお絵かき支援。そして小学生と学童で遊ぶ事。
まずは遠野から釜石へ。
釜石の幼稚園では園長先生が出迎えてくれた。
釜石の被害状況等を話される間、自分は真剣に聞き入った。
「地震が来たなら高い所へ逃げろと小さい頃から教わっていました」とおっしゃっていた。
津波がそれだけ多い地域だったのだろう。
幼稚園児とは一時間ほどだったが、一緒に絵をかかせてもらった。
その中で4人ほどの子と長い間、接したのだが、震災直後別の保育園では、友達が流された、親が流されたと言ったような事を笑顔で言っていたそうだ。(子どもだから恐らくそういった事が理解できていないのだろう。)
ちなみに幼稚園児だが・・・一人の女の子。
「好きなものなにかな?」と聴くと、「するめいか」
と答えていた・・・。すげえセンスだwww
そしてにんじんやら野菜を書いてる子が結構いた。
「にんじんって美味しい?」と聴くと「あまいよ!」と言っていた。
良い所に育ったんだなぁ・・・。野菜ってすげー甘いもんなぁ。
しかし子どもも明るい絵を描いていたのでそれが何よりだと思った。この絵に関しては東京などで展示がされる。また詳細情報など欲しい方は是非連絡を。
最後は子どもに歌のプレゼントも貰った。
園長先生と話していた時、震災当初の事を「知って欲しい」と言う意味合いだろう。
懸命にその時の事を僕達に伝えてくれた。
仮設住宅の話、水は通ったから避難先の学校に持って行った事、停電をした、津波で家を失った人が子どもをおぶって山を越えてきた話・・・。
これから釜石を通る旨を伝えると、あそこも酷かった、駅から海側は地獄だった、とおっしゃっていた。
しかし最後に、必ずここにいる子ども達は守り抜きますと伝えてくれた。
幼稚園を後にして釜石市街へ向かった。
案内役兼運転役の人が、「ここは地元では津波以降はゴーストタウンって呼ばれているんですよね」と言って、駅前を通り過ぎる。
シャッターはめちゃくちゃに壊れ、家の1〜2階部分もめちゃくちゃに潰れていた。
そしてそこにスプレーで日付がかかれている。
その横には○、その上からは×のマーク。
「その○のマークは警察が入った印、×はその中からご遺体が出た家なんです・・・」
殆どの家に×印があって、人の気配が殆ど無くて。道を曲がると所々に家は残りつつも戦場で爆撃されたようなめちゃくちゃな家が立ち並んでいた。
マンションの3階部分はもげていた。そして階段の踊り場の壁が無い。マンションにはほとんど×印が、、、
凄まじい光景に涙がでそうになった。
山道を通って大船渡へ。
行く道すがら、小さな海に面している集落は全て家がなく、全滅していた。
こういった小さい所に支援の手は果たして回るのだろうか・・・?
途中休憩の後、大船渡第一中学校の仮設住宅を今後行うプロジェクトの為に視察、そしてその後、大船渡市へ。
大船渡はまだ整備があまりすんでいない印象を受けた。とりあえず車の道を確保したような感覚。
デパートの密集地帯、病院、全て先程と同じように一階部分ががらんどうになっていた。
しかし嬉しい事もあった。大船渡漁港が再開していて、カモメが群がっていた。
他にも、そういった被災地が見渡せるコンビニが営業していたり、普段の生活も取り戻しつつある。ただ、被災地を見る限り、復興には程遠い印象を受けた。
一体何年かかるのだろう、と言うのが自分の印象。
次に陸前高田へ。
陸前高田の小学校の学童と遊ぶ。
しばらく津波被害地域を通った後、小学校へ入った。
小学校のグランドも仮設住宅が並んでいる。とてもじゃないが思い切り遊べるような環境ではないと分かる。
ちなみに自分、何故かあだ名が途中からベーコンになった。訳がわからんぞwww
最初は女の子が遊ぼうと言うので、紙風船で遊んだ。そしてシャボン玉を吹いていると親御さんが来た。
親御さんが、どこから?とか、被災した事の話をしてもらった。
まだまだ被災地はこれから寒くなるから、本当は色々欲しいのだけど色々足りていない。毛布も足りていない、だとか、そういった話を聴いた。
実際、仮設には毛布が足りていないらしい。暖房器具も。
国が管理しているのだが、すべて行き渡っていないそうだ。
女の子はまたきてね!お兄ちゃん約束だよ、と大きい声で言いながら手を振りつつ、家に帰っていった。
途中から子どもと追いかけっこをしてあそんだ。
「おらとあそぼう」とか言われ、二人を追いかけて遊んだのだが、追いかけ疲れ(子どもは元気だ・・・)ちょっと休ませてくれ、、、と言い、休んでいると、唐突に、「近所の人が津波で流された」「友達のおかあさんが」とか言う話を笑いながらしてこられ、どう反応していいか分からなかった。
こういった子ども達は純粋だ。
純粋だからこそ傷つき易い。
心のケアや被災地の瓦礫撤去、、まだまだ足りない事が多くあるのだ、と感じた。
小学校を後にして、暗い陸前高田の被災地の郊外部を走る。
電気が通っていない廃墟が暗がりに映し出された。
凄く非現実な世界が広がっていた。
明日で作業は終りだ。
この日は弁当を買い、お風呂に入って寝た。
【4日目〜5日目(遠野〜陸前高田〜遠野〜大阪)】
陸前高田、海岸から2km〜3km離れた場所の瓦礫撤去をした。
ここも直接海を見る事が出来ない集落。
しかしガードレールがもげ、家が無い。
また、この場所は被災直後、サンマの冷凍加工工場から800tのサンマが流れ着き、腐敗し、腐っていた物が貯まっていた集落なのだそうだ。
今ではそれもボランティアの手により撤去されていて、今日は川の清掃作業をした。
最初におおまかな瓦などを撤去する。
そして掘る。
よく見ると川の干上がった石の表面が白い。これは多分、海水の塩が浮き出た物だろう。
少し掘ると出てくる出てくる。
自分が拾った物は色々あるが、、、おわん、茶器、カーテン、服、Gパン、木クズ、風呂のタイル、ガードレール・・・などなど。
とてつもなく色々な物が出てきた。
午後の作業は別の場所で瓦礫撤去。
ここでは子どものおもちゃが出てきたのが印象的だった。
このおもちゃを持っていた子どもが無事であれば良い、そう思った。
元々あった道が全て土砂で埋もれていて、どこがどこかの区別がつかなかった。
最後に被災者の方からコーヒーを貰った。何だか申し訳ない気分だったが、有り難く貰う事にした。
陸前高田を通り、遠野へ戻った。
荷物を手早くまとめ、ボラセンを後にした。
帰りに温泉へ入り、高速を通って、大阪へ帰宅した。
個人的に得た感想は、まだまだ支援が現地では必要だという事。
僕達が当たり前に暮らしている日常と別に、そういった現実が同じ国で起きているという事。
そして、数々の人が言っていた事ではあるが、忘れてはいけない、という事。
現地の人が話しかけてくるのも、やっぱりここに私たちがいるのを忘れられたく無いと言う思いだろう。
実際にそういった事を話しかけられもした。
被災地へ行って、自分のほうが教わった事が多かった。
ありがとう。
そしてこの事を忘れないで、またボランティアに行けたら行きたいと思ったし、家族を持って、もし東北が復興したら家族と一緒に行きたいと思う。
自分の青春時代、こういった事があって色々叫ばれているが、行動し、何か自分でやった事が本当に自分の為にもなったし、そして他者の為になっていたら(未だに何か手助けが出来たのだろうか・・・?と自問自答してもいるが。)幸いだ。
日常生活を過ごすのも、被災地の支援。
自分達が経済を回していくのも被災地の支援。
そして被災地の事を忘れないのも被災地の支援だと思った。
さて、今日からまた改めて、自分も自分の為に、そして自分の夢の為にやりきっていこう。
『青年時代に悲観していてはいけません。徹底的に戦うのです。− 魯迅』
自分が出来る事を徹底的に。
装備品まとめ。 - 2011.10.11 Tue
とりあえず以前書いていたのですが、今回改めてまとめてみようと言う意味合いで書いて見ました。
また追加更新はしていく予定。
装備品 最終更新:2011/10/10
◇必需品◇
【パスポート】
日本国政府発行の10年物。赤いやつです。
【保険証】
必需品。
◇鞄類◇
【ザック】
・Mammut 70+10
メインザック。マムートの80リットル入る物。冬山登山で使用して以来今まで使用している。
ザックの大きい物は荷物を運ぶのには便利なのだが、荷物を入れすぎてしまうのが欠点かもしれない。
・Mammut 50+10
前メインザック。南米の空港で破られてご臨終となった。
・?
1000円で秋葉原で買ったリュックサック。こいつはサブザックとして使用。多分20-30リットル程度しか入らない。
・布ズタ袋
タンザニアで購入した物。値段は4500Tshで購入。ジッパーがいかれたが、とりあえず自宅で現役稼動。
・ウェストポーチ
紫の物。安売りしてたのを購入。メーカー不明。
◇キャンプ道具◇
【テント】G-LIGHTテント ISIスポーツ
石井スポーツで購入した黄色のテント。3シーズンと4シーズン用の両方があるが、自分は4シーズンを購入した。
4シーズンを購入したのは寒冷地で使用すると見込んで。これに外張りをつければ完全に雪山でも使用可能。もう元取る位は使ってます。
【寝袋関連】
・ISUKA 630
ISUKAの630の物を使用。シュラフカバー兼用で-29℃で普通に寝れたのでこいつより上の物を買わなくても良いかと。
足元にカイロを設置すれば普通に冬山でもぐっすり寝られる。
・シュラフカバー
もらい物。メーカー不明。
とりあえず新しく買うのならばISUKAの物に合う様な奴を買うといいかも?
また追加更新はしていく予定。
装備品 最終更新:2011/10/10
◇必需品◇
【パスポート】
日本国政府発行の10年物。赤いやつです。
【保険証】
必需品。
◇鞄類◇
【ザック】
・Mammut 70+10
メインザック。マムートの80リットル入る物。冬山登山で使用して以来今まで使用している。
ザックの大きい物は荷物を運ぶのには便利なのだが、荷物を入れすぎてしまうのが欠点かもしれない。
・Mammut 50+10
前メインザック。南米の空港で破られてご臨終となった。
・?
1000円で秋葉原で買ったリュックサック。こいつはサブザックとして使用。多分20-30リットル程度しか入らない。
・布ズタ袋
タンザニアで購入した物。値段は4500Tshで購入。ジッパーがいかれたが、とりあえず自宅で現役稼動。
・ウェストポーチ
紫の物。安売りしてたのを購入。メーカー不明。
◇キャンプ道具◇
【テント】G-LIGHTテント ISIスポーツ
石井スポーツで購入した黄色のテント。3シーズンと4シーズン用の両方があるが、自分は4シーズンを購入した。
4シーズンを購入したのは寒冷地で使用すると見込んで。これに外張りをつければ完全に雪山でも使用可能。もう元取る位は使ってます。
【寝袋関連】
・ISUKA 630
ISUKAの630の物を使用。シュラフカバー兼用で-29℃で普通に寝れたのでこいつより上の物を買わなくても良いかと。
足元にカイロを設置すれば普通に冬山でもぐっすり寝られる。
・シュラフカバー
もらい物。メーカー不明。
とりあえず新しく買うのならばISUKAの物に合う様な奴を買うといいかも?
旅情報【換金について】 - 2011.09.16 Fri
意外と重要だったりする、換金。
時にはこの換金をミスったりする事でとんでもない額のお金を損します。
という訳で色々自分が考えて、また実践している事などを述べていこうかと思います。
【国内】
国内に関しては基本的に日本円→外貨なのですが、外貨→日本円の場合も紹介したいと思います。
・銀行
銀行は日本円→外貨に関しては色々なケースがあります。
また、はっきり言えば扱っているお金も割と少ない場合があったり、多い場合があったり、銀行によってまばらな印象を受けます。
大きい銀行ならそれなりの外貨(つまりマイナーな国などの外貨)も取り扱っていますが、そうでない所は基本的に主要国の外貨しか取り扱っていないケースもあるようです。
銀行の両替方法はパックと言うのが存在します。
つまり、米ドルの$100分を日本円に両替、といったケースです。つまり、端数で、例えば$143欲しいとか思っても、このシステムを採用している銀行では、$150しか無理、などと言われる場合があります。
基本的に販売に関してはレートは下に劣る気がします。
買取はやってくれるようですが。
利点としては、対応が丁寧な事、そしてパック交換をメインにしているのならば良い、と言う事でしょうか。
・金券屋
販売に関しては銀行よりもかなりレートが良いです。
ですが、買取はレートがかなり悪いです。一長一短と言った所でしょうね。
扱っている通貨も時には銀行より多いときがありますが、円高になればなるほど、売り切れます。
特に米ドルが。
さらに、米ドルの少し古めの米ドルを手渡される時があります。
場合によってはこういった米ドルは受け取ってもらえない店などがあるので(渡航先で)取り替えてもらうのも手です。
利点としては販売が安いのと、端数でも交換できる事、そして$1、$5、$10など、好きな組み合わせで両替してもらえる事でしょう。
・両替屋
日本の街中では(両替屋)と書いた看板はあまり見かけないかもしれませんが、日本で有名な所ではTravelexなどがあります。
販売はそこそこのレート、買取は金券屋よりも良い、という所でしょうか。
Travelexの利点は、ある程度の一定額なら、手数料を免除してくれる所です。
少額ならばこのシステムは利用してもらえないのですが、多くお金を持って帰ってきた際などは利用できるでしょう。
また、世界展開をしているので、信用度もあります。
・空港等
基本的にレートは悪い、とされていますが果たしてどうなのでしょうか。
海外で外貨>>現地通貨に両替したりすると(例えばドル→別現地通貨って事ですね。ルーブルとか。)、下手したら街中で両替するのと比較して、タクシー乗れる位の差額が出たりします。(多額両替をした場合。)
買取に関しても・・・と思いがちですが、日本の場合だと多少事情は違うようで、レートが多少悪くても、正直言えば、金券屋よりよかったりします。
なのでここはどこで販売されている物を買ったか、とかによるのかと思います。
利点は言うまでもなく、空港に着いた際に即座に販売、買取出来ることです。
【海外】
・銀行
銀行は扱っている所とそうでない所があります。
レートは国によってはまちまちですが、空港よりは良いです。
ですが、はっきり言うと出てきたところを狙われたりする事もあるので、治安の悪い国では注意に越した事はないと考えています。
・両替屋
外国だとかなりの確立で見受けられます。
注意点としては、たまに騙される、と言う事です。
これは発展途上国の銀行などでもそうなのですが、かなりの少額紙幣なら大量に持っていった場合少額紙幣を1〜2枚抜き取られる、とかそういった事です。
また、取り替える通貨が不足しているような両替所ではレートを無視して切捨てまくって渡される事もあります。
こういうケースがあった場合は断固抗議しましょう。
また、基本的にレシートがもらえるところであれば貰った方が良いです。
レートは大体において掲示板やら店内にかかれています。
店によってレートは異なります。
利点はレートが良いこと。欠点は上に述べたような事があることではないでしょうか。
・空港
海外の空港では最小限度に換金する。。。そういう風に自分は考えています。
レートが$1〜5くらい変わったりとかざらなので。(USドル換算の場合。)
下手したらタクシーが乗れる、というのはこういった理由からです。
国によってはチケット制タクシー制度を導入している所もあるので、そういった場合は一旦USドルが使えたら使ってしまい、街中まで出た後、両替屋に行くと言う方法もあります。
チケット制タクシーは白タク・流しと違い、ボラれる心配が無いので安心できます。
・闇両替
国境などの両替は基本的にレートが悪く、一応は犯罪です。
レートを聴いたら分かりますが、大抵レートは恐ろしく悪いので、基本的には利用しない事でしょう。
【T/Cについて】
国際的な信用度が下がっている時などは、両替所などに持って行っても交換してもらえません。
そのかわり安心を買っていると言っても良いです。
T/Cに関しては銀行ですら換金できない事もあります。
その場合、現地の日本大使館員に聴くのも一つの手ではあるかと。
銀行をうろつく→狙われる→強盗にあう
とかになりかねませんから。。。
たとえばアメリカンエキスプレスのT/Cを持っていたら、アメリカンエキスプレスのオフィスに行けば交換できる事もあります。
参考にしてみて下さい。
つーわけでつらつら書いてきました。
もしよければ貴方の旅行にお役立て下さい。
では楽しい旅を。
時にはこの換金をミスったりする事でとんでもない額のお金を損します。
という訳で色々自分が考えて、また実践している事などを述べていこうかと思います。
【国内】
国内に関しては基本的に日本円→外貨なのですが、外貨→日本円の場合も紹介したいと思います。
・銀行
銀行は日本円→外貨に関しては色々なケースがあります。
また、はっきり言えば扱っているお金も割と少ない場合があったり、多い場合があったり、銀行によってまばらな印象を受けます。
大きい銀行ならそれなりの外貨(つまりマイナーな国などの外貨)も取り扱っていますが、そうでない所は基本的に主要国の外貨しか取り扱っていないケースもあるようです。
銀行の両替方法はパックと言うのが存在します。
つまり、米ドルの$100分を日本円に両替、といったケースです。つまり、端数で、例えば$143欲しいとか思っても、このシステムを採用している銀行では、$150しか無理、などと言われる場合があります。
基本的に販売に関してはレートは下に劣る気がします。
買取はやってくれるようですが。
利点としては、対応が丁寧な事、そしてパック交換をメインにしているのならば良い、と言う事でしょうか。
・金券屋
販売に関しては銀行よりもかなりレートが良いです。
ですが、買取はレートがかなり悪いです。一長一短と言った所でしょうね。
扱っている通貨も時には銀行より多いときがありますが、円高になればなるほど、売り切れます。
特に米ドルが。
さらに、米ドルの少し古めの米ドルを手渡される時があります。
場合によってはこういった米ドルは受け取ってもらえない店などがあるので(渡航先で)取り替えてもらうのも手です。
利点としては販売が安いのと、端数でも交換できる事、そして$1、$5、$10など、好きな組み合わせで両替してもらえる事でしょう。
・両替屋
日本の街中では(両替屋)と書いた看板はあまり見かけないかもしれませんが、日本で有名な所ではTravelexなどがあります。
販売はそこそこのレート、買取は金券屋よりも良い、という所でしょうか。
Travelexの利点は、ある程度の一定額なら、手数料を免除してくれる所です。
少額ならばこのシステムは利用してもらえないのですが、多くお金を持って帰ってきた際などは利用できるでしょう。
また、世界展開をしているので、信用度もあります。
・空港等
基本的にレートは悪い、とされていますが果たしてどうなのでしょうか。
海外で外貨>>現地通貨に両替したりすると(例えばドル→別現地通貨って事ですね。ルーブルとか。)、下手したら街中で両替するのと比較して、タクシー乗れる位の差額が出たりします。(多額両替をした場合。)
買取に関しても・・・と思いがちですが、日本の場合だと多少事情は違うようで、レートが多少悪くても、正直言えば、金券屋よりよかったりします。
なのでここはどこで販売されている物を買ったか、とかによるのかと思います。
利点は言うまでもなく、空港に着いた際に即座に販売、買取出来ることです。
【海外】
・銀行
銀行は扱っている所とそうでない所があります。
レートは国によってはまちまちですが、空港よりは良いです。
ですが、はっきり言うと出てきたところを狙われたりする事もあるので、治安の悪い国では注意に越した事はないと考えています。
・両替屋
外国だとかなりの確立で見受けられます。
注意点としては、たまに騙される、と言う事です。
これは発展途上国の銀行などでもそうなのですが、かなりの少額紙幣なら大量に持っていった場合少額紙幣を1〜2枚抜き取られる、とかそういった事です。
また、取り替える通貨が不足しているような両替所ではレートを無視して切捨てまくって渡される事もあります。
こういうケースがあった場合は断固抗議しましょう。
また、基本的にレシートがもらえるところであれば貰った方が良いです。
レートは大体において掲示板やら店内にかかれています。
店によってレートは異なります。
利点はレートが良いこと。欠点は上に述べたような事があることではないでしょうか。
・空港
海外の空港では最小限度に換金する。。。そういう風に自分は考えています。
レートが$1〜5くらい変わったりとかざらなので。(USドル換算の場合。)
下手したらタクシーが乗れる、というのはこういった理由からです。
国によってはチケット制タクシー制度を導入している所もあるので、そういった場合は一旦USドルが使えたら使ってしまい、街中まで出た後、両替屋に行くと言う方法もあります。
チケット制タクシーは白タク・流しと違い、ボラれる心配が無いので安心できます。
・闇両替
国境などの両替は基本的にレートが悪く、一応は犯罪です。
レートを聴いたら分かりますが、大抵レートは恐ろしく悪いので、基本的には利用しない事でしょう。
【T/Cについて】
国際的な信用度が下がっている時などは、両替所などに持って行っても交換してもらえません。
そのかわり安心を買っていると言っても良いです。
T/Cに関しては銀行ですら換金できない事もあります。
その場合、現地の日本大使館員に聴くのも一つの手ではあるかと。
銀行をうろつく→狙われる→強盗にあう
とかになりかねませんから。。。
たとえばアメリカンエキスプレスのT/Cを持っていたら、アメリカンエキスプレスのオフィスに行けば交換できる事もあります。
参考にしてみて下さい。
つーわけでつらつら書いてきました。
もしよければ貴方の旅行にお役立て下さい。
では楽しい旅を。
旅情報 【ヨーロッパ-ロシア】 - 2011.09.15 Thu
【国情報】
ロシア連邦。元はソビエトだったが、崩壊後ロシアへ。
大統領制をとっている国である。
世界最大の面積をもつ国土はヨーロッパとアジアにまたがり、北西から順にグリーンランド(デンマーク自治領)、ノルウェー、フィンランド、エストニア、ラトビア、ベラルーシ、リトアニア、ポーランド(リトアニア、ポーランドとの国境はバルト海とリトアニアに囲まれた飛び地領であるカリーニングラード州である)、ウクライナ、グルジア、アゼルバイジャン、カザフスタン、中国、モンゴル、北朝鮮、日本、アメリカ、カナダと国境を接し、北は北極海、東は太平洋に囲まれている。
モスクワまでは様々な飛行機が運航している他、北欧にも近い為、北欧に行く際は便利。
ただし、チェチェン共和国紛争問題、グルジア国境問題など数々の問題も抱えている事も事実。
国に入るためにはビザが必要である。
ビザの他にバウチャー制度を採用している国であるため、バウチャーも必要。
バウチャーとビザに関しては後述する。
公用語はロシア語。
【通貨・ビザ・バウチャーについて】
通貨はルーブル(RUB)。
1R=2.52円。
(2011/9/15現在)
ビザに関しては在日本ロシア大使館で取得可能。
旅行代理店などで取る事も可能であるし、自力で取る事も出来る。
さて、ロシアを旅行する上でビザも大変に面倒なのだが、最も面倒なのが今から述べるバウチャーである。
バウチャーとは何ぞや?と言う方に、少し紹介をする。
バウチャーとは、ホテルや現地ガイド、送迎車などの予約を証明するクーポン券のことで、旅行中は確実に現地でサービスを受けるための証明書となります。バウチャーを入手するには、日本にあるロシア旅行を取り扱っている旅行会社にホテルや現地ガイド、送迎車などの手配を依頼し、その予約証明として「バウチャー」(クーポン券)を発行してもらいます。その際、滞在都市・宿泊ホテルも予め決めておく必要がありますし、交通機関の切符なども手配しておかなければなりません。
とHPを色々廻った結果出てきた。
つまり、ホテル、現地ガイド、送迎者、その他滞在都市、いつどこにいるのか?と言った情報を記録した証明用紙、がバウチャーとなる。
基本的にはロシアは決められたパック旅行となると考えて良い。
なので、旅行会社もこの事を分かっている為、この手続きの面倒さなどを利用して価格設定がお高いように自分には感じられた。。。ちなみに自分は航空券のみを持参してバウチャーはロシア人に任せてみた。
この辺りは自分がどう旅行したいかによって変わってくる。ロシア自体は広いので、ロシアの都市部を観光するのでなければ、ロシアに精通した旅行会社に頼むのも手ではある。
【治安】
良い所もあれば悪い所もある。
●チェチェン,イングーシ,ダゲスタン,北オセチア,カバルダ・バルカル,カラチャイ・チェルケスの各共和国及びスタヴロポリ地方
:「渡航の延期をお勧めします。」(既に滞在中の方は,退避手段等につきあらかじめ検討してください。)(継続)
●上記を除く地域(首都モスクワ市を含む)
:「十分注意してください。」(継続)
となっている。(2011/9/15現在。)
なおエルブルース近辺は大分前から。。。
●南オセチア自治州及びその周辺地域、アブハジア自治共和国及び
その周辺地域並びにロシアとの国境周辺地域
:「 退避を勧告 します。渡航は延期してください。」(継続)
との事。
(2011/9/15現在。)
自分は旅行会社に念書書かされましたが、まぁ無事に帰国しました。
この辺りもおいおい述べてく。
【宿・場所・観光地情報】
モスクワ近辺に観光地は点在していると言って良い。
その他、サンクトペテルブルクなど。
・モスクワ
個人的にはモスクワは滞在しただけなので特記する事はない。
宿はバウチャー制度があるのでこちらで決めていく必要があるので決めていくと良いかと。
但し、10000円前後の宿でも、え・・・こんなもんなの?って宿が多いのにびびった。
話に聴くとユースなどもあるそうであるが、無難に行くなら旅行会社を経由すべきなのだと考えて居る。
ちなみにシェレメチボ空港(であってるよな?モスクワの空港)からは電車が出ている。
シェレメチボ空港内にはレストランやその他施設も多数あるので困る事は無いだろう。
・ミネラルヌイエボディ
こちらは7000円前後の宿に宿泊(せざるを得なかったと言うのが正解かなあ・・・)
街自体が大変に狭いので迷う事は無い。
メインストリート沿いに様々に店が並ぶ。(交差するように電車が走っている。)
ご飯はボルシチなどを出す店もあるが、ファーストフード的な店も多い。
ここからエルブルースの麓、アザウ村へと向かう事が可能。
・アザウ村
アザウは何も無いと言って良い。
ロープウェー駅付近に小さな商店(兼薬局?)有り。
また、ロープウェー駅(古い方)を正面にして右手にレストランもある。レストランではロシア料理などを出してくれる他、スニッカーズや水なども販売している。多少割高感は否めない。なおアザウに向かう途中にATMも存在する他、レストランの中にもATMは存在する。(使わなかったんで日本のカードが使えるかは不明)
麓のホテルが存在するが、日本の旅行会社(登山ツアー会社)もそうでない所も基本的にここを利用するらしい。
ここの料理は美味い。
他にもエルブルース近辺に露店がならんでいる。
カシューナッツやTシャツ、帽子などを買うことが可能。記念にどう?
・Mt.Cheget付近
エルブルース近くにある山で麓から3000m位までロープウェーがある。
高さは富士山位の山。
麓にレストランや商店が存在する。
・エルブルースBC(ガラパシ小屋)付近
標高3000を超えている。
なおここまではロープウェーで来ることも可能だし、普通に徒歩も可能。
ガラパシ小屋付近はテントを張ることも可能である。
夜は当たり前だが寒い、のと、トイレが多分世界最悪のレベルの便所。。。
ちなみにパスツコフ岩(4800m付近)まで車で運んでもらえるサービス有。
確か500-1500R位だったはず。自分は金無いから自力で上がりましたが・・・。
【移動情報】
空港からは電車がある。
タクシーがぼりまくり国家なので、基本的には電車移動で。っていうかタクシーを信用してはいけない。
市内までタクシーだと4600R-5800Rとかふっかけられるが、基本的にタクシーは渋滞するらしく、信用度も低い為、電車を利用するのが懸命であろう。(電車は基本的にぼられないので。)
ちなみに電車は普通席250R。こっち利用するわなw
空港〜サヴョーロフスキー駅で乗り換え。
サヴョーロフスキーから市内地下鉄に乗り換えが可能である。
地下鉄:市内地下鉄は環状線みたいな筋とそうでない筋にわかれていて、カウンターでチケットを購入する。
行き先を言えば、正規運賃で買う事が可能。
・・・但し、ロシア語で喋られるので訳が分からない。
次どこに止まるか、も感で行くしかないので、駅の大体の名前を覚えておくと良い。
ただし、全ての駅が殆ど〜スカヤなので〜の部分を覚えるようにすると良い・・・w
日本から:アエロフロート航空利用でロシアのモスクワまで来ることが可能。
ちなみに世界最悪のサービスと評判ですが、意外とそうでもなかった。。。国際便は。
なお、アエロフロートロシア国際便はモスクワ-成田しか存在しないので注意。
地方へ:各種飛行機が出ています。アエロフロート航空。
ミネラルヌイエボディまではアエロフロート利用。飛行機は割と高いです。
バスは安いですが、今回利用しませんでした。
空港について:2011年1月24日午後4時32分、モスクワ南郊にあるドモジェドヴォ空港の国際線到着ロビーのカフェ付近で爆発が起き、少なくとも35人が死亡、約130人が負傷した。メドベージェフ大統領は爆弾テロとの見方を示し、北カフカス出身の男3人を手配した。
って事故もあるようで、これだけは運としかいえませんね・・・・。
【その他特記事項+エルブルース登山について。】
・寂れた駅などにホテルを取ると、もれなくアル中の群れを見る事になります。
・地方は寂れているイメージが強い。
・郊外は治安の悪い所もあるので注意する事。
・地下鉄が恐ろしく地下にある。そして・・・エスカレーターが恐ろしく早い。=怖い。
・エルブルース登山について。
のんびり語っていく事とします。
まずこの国ですが、ビザとバウチャーでもめます。
これでもかって位に。で、基本的にバウチャーがややこしいのです。
モスクワ、ミネラルヌイエボディまでバウチャーで決定出来たとしても、アザウ村が決定出来ない。
さらに言えば、HISなどの旅行会社でもそこまでの知識は持ち合わせていないらしく、決定不可能だそうです。
そこで、日本の登山ビジネスをやっている会社が登場します。
という訳でググってみよーなんて事でググってみると、そこに書かれている値段が凄まじい物が多い。
A社:555000円、B社:585000円など・・・
・・・さて、この値段をどこまで下げ、またエルブルースに登るか、が焦点となるわけです。
意外と日本人が使わない旅行ガイドブックがあります。
それが、Lonely Planet。
アメリカが出している(であってたよな?)全英語のガイドブックですw
英語が苦手な方は敬遠しがちですが、意外とロンプラはしっかりしていて、安宿情報、現地交通、また治安などに関しても的確に言及されており、カバーしているエリアはほぼ全世界な為、マイナーな地区でも乗っている事が多いです。歩き方にはアザウ村までの行き方なんて乗ってませんしね。
そこでここからツアー会社を選ぶと言う方法があります。
自分はこの中からツアー会社を選び出し、ホテル代・バウチャー手続き全て負担、10泊位の宿泊料金しかも全てメシ付き、ミネラルヌイエボディからの送迎付きで90000+αでいけました。
これだけでも40万近く節約している計算になります。
ただし、この場合の欠点というのは以下のものになると自分は考えています。
・顔をあわせた事も無い外人と英語でのメールのやり取りが必要となる。
・それに対する精神的不安。
・振込先がロシアの場合、郵便局が利用できるが、向こうは必ずWestern Unionを請求してくる。
(ロシアはWestern対応していないので郵便局からの振込みという方法有)
・現地のツアーに言ってもロシア人ばっかなので飯が日本食が皆無である事。
などです。
日本のツアーが50万以上だからといって日本人相手、そして日本語が通じると言う事を考えると、それでも安いのかもしれませんね。なんて自分は考えます。
まぁ、自分はお金がないので、その中でやりくりする方法を考えた結果がこれでした。
参考にしてみてください。
次。
旅行会社で航空券を取る時に、例えばアエロフロートで成田〜モスクワ〜ミネラルヌイエボディまで取り、アザウ村まで行く事を伝えると・・・会社によってはめちゃくちゃ警告されます。
理由はグルジア情勢。
グルジア情勢ははっきり言ってよくないです。そしてエルブルース山はそんな情勢が良くないグルジアの手前にあります。
なのでこの辺りに関しては旅行会社によっては色々言われるケースもあるようです。
(実際最高レベルの退避勧告を4とすると、グルジア側が4であり、エルブルースは3なので。)
個人的にはこれを理由に空港で賄賂要求が有った事が一番うざかった事ですが、基本的にアザウまでなら凄く平和な印象を受けました。
自分が伝えられる情報はこれくらいかも。
以上、ロシア情報終!解散!
ロシア連邦。元はソビエトだったが、崩壊後ロシアへ。
大統領制をとっている国である。
世界最大の面積をもつ国土はヨーロッパとアジアにまたがり、北西から順にグリーンランド(デンマーク自治領)、ノルウェー、フィンランド、エストニア、ラトビア、ベラルーシ、リトアニア、ポーランド(リトアニア、ポーランドとの国境はバルト海とリトアニアに囲まれた飛び地領であるカリーニングラード州である)、ウクライナ、グルジア、アゼルバイジャン、カザフスタン、中国、モンゴル、北朝鮮、日本、アメリカ、カナダと国境を接し、北は北極海、東は太平洋に囲まれている。
モスクワまでは様々な飛行機が運航している他、北欧にも近い為、北欧に行く際は便利。
ただし、チェチェン共和国紛争問題、グルジア国境問題など数々の問題も抱えている事も事実。
国に入るためにはビザが必要である。
ビザの他にバウチャー制度を採用している国であるため、バウチャーも必要。
バウチャーとビザに関しては後述する。
公用語はロシア語。
【通貨・ビザ・バウチャーについて】
通貨はルーブル(RUB)。
1R=2.52円。
(2011/9/15現在)
ビザに関しては在日本ロシア大使館で取得可能。
旅行代理店などで取る事も可能であるし、自力で取る事も出来る。
さて、ロシアを旅行する上でビザも大変に面倒なのだが、最も面倒なのが今から述べるバウチャーである。
バウチャーとは何ぞや?と言う方に、少し紹介をする。
バウチャーとは、ホテルや現地ガイド、送迎車などの予約を証明するクーポン券のことで、旅行中は確実に現地でサービスを受けるための証明書となります。バウチャーを入手するには、日本にあるロシア旅行を取り扱っている旅行会社にホテルや現地ガイド、送迎車などの手配を依頼し、その予約証明として「バウチャー」(クーポン券)を発行してもらいます。その際、滞在都市・宿泊ホテルも予め決めておく必要がありますし、交通機関の切符なども手配しておかなければなりません。
とHPを色々廻った結果出てきた。
つまり、ホテル、現地ガイド、送迎者、その他滞在都市、いつどこにいるのか?と言った情報を記録した証明用紙、がバウチャーとなる。
基本的にはロシアは決められたパック旅行となると考えて良い。
なので、旅行会社もこの事を分かっている為、この手続きの面倒さなどを利用して価格設定がお高いように自分には感じられた。。。ちなみに自分は航空券のみを持参してバウチャーはロシア人に任せてみた。
この辺りは自分がどう旅行したいかによって変わってくる。ロシア自体は広いので、ロシアの都市部を観光するのでなければ、ロシアに精通した旅行会社に頼むのも手ではある。
【治安】
良い所もあれば悪い所もある。
●チェチェン,イングーシ,ダゲスタン,北オセチア,カバルダ・バルカル,カラチャイ・チェルケスの各共和国及びスタヴロポリ地方
:「渡航の延期をお勧めします。」(既に滞在中の方は,退避手段等につきあらかじめ検討してください。)(継続)
●上記を除く地域(首都モスクワ市を含む)
:「十分注意してください。」(継続)
となっている。(2011/9/15現在。)
なおエルブルース近辺は大分前から。。。
●南オセチア自治州及びその周辺地域、アブハジア自治共和国及び
その周辺地域並びにロシアとの国境周辺地域
:「 退避を勧告 します。渡航は延期してください。」(継続)
との事。
(2011/9/15現在。)
自分は旅行会社に念書書かされましたが、まぁ無事に帰国しました。
この辺りもおいおい述べてく。
【宿・場所・観光地情報】
モスクワ近辺に観光地は点在していると言って良い。
その他、サンクトペテルブルクなど。
・モスクワ
個人的にはモスクワは滞在しただけなので特記する事はない。
宿はバウチャー制度があるのでこちらで決めていく必要があるので決めていくと良いかと。
但し、10000円前後の宿でも、え・・・こんなもんなの?って宿が多いのにびびった。
話に聴くとユースなどもあるそうであるが、無難に行くなら旅行会社を経由すべきなのだと考えて居る。
ちなみにシェレメチボ空港(であってるよな?モスクワの空港)からは電車が出ている。
シェレメチボ空港内にはレストランやその他施設も多数あるので困る事は無いだろう。
・ミネラルヌイエボディ
こちらは7000円前後の宿に宿泊(せざるを得なかったと言うのが正解かなあ・・・)
街自体が大変に狭いので迷う事は無い。
メインストリート沿いに様々に店が並ぶ。(交差するように電車が走っている。)
ご飯はボルシチなどを出す店もあるが、ファーストフード的な店も多い。
ここからエルブルースの麓、アザウ村へと向かう事が可能。
・アザウ村
アザウは何も無いと言って良い。
ロープウェー駅付近に小さな商店(兼薬局?)有り。
また、ロープウェー駅(古い方)を正面にして右手にレストランもある。レストランではロシア料理などを出してくれる他、スニッカーズや水なども販売している。多少割高感は否めない。なおアザウに向かう途中にATMも存在する他、レストランの中にもATMは存在する。(使わなかったんで日本のカードが使えるかは不明)
麓のホテルが存在するが、日本の旅行会社(登山ツアー会社)もそうでない所も基本的にここを利用するらしい。
ここの料理は美味い。
他にもエルブルース近辺に露店がならんでいる。
カシューナッツやTシャツ、帽子などを買うことが可能。記念にどう?
・Mt.Cheget付近
エルブルース近くにある山で麓から3000m位までロープウェーがある。
高さは富士山位の山。
麓にレストランや商店が存在する。
・エルブルースBC(ガラパシ小屋)付近
標高3000を超えている。
なおここまではロープウェーで来ることも可能だし、普通に徒歩も可能。
ガラパシ小屋付近はテントを張ることも可能である。
夜は当たり前だが寒い、のと、トイレが多分世界最悪のレベルの便所。。。
ちなみにパスツコフ岩(4800m付近)まで車で運んでもらえるサービス有。
確か500-1500R位だったはず。自分は金無いから自力で上がりましたが・・・。
【移動情報】
空港からは電車がある。
タクシーがぼりまくり国家なので、基本的には電車移動で。っていうかタクシーを信用してはいけない。
市内までタクシーだと4600R-5800Rとかふっかけられるが、基本的にタクシーは渋滞するらしく、信用度も低い為、電車を利用するのが懸命であろう。(電車は基本的にぼられないので。)
ちなみに電車は普通席250R。こっち利用するわなw
空港〜サヴョーロフスキー駅で乗り換え。
サヴョーロフスキーから市内地下鉄に乗り換えが可能である。
地下鉄:市内地下鉄は環状線みたいな筋とそうでない筋にわかれていて、カウンターでチケットを購入する。
行き先を言えば、正規運賃で買う事が可能。
・・・但し、ロシア語で喋られるので訳が分からない。
次どこに止まるか、も感で行くしかないので、駅の大体の名前を覚えておくと良い。
ただし、全ての駅が殆ど〜スカヤなので〜の部分を覚えるようにすると良い・・・w
日本から:アエロフロート航空利用でロシアのモスクワまで来ることが可能。
ちなみに世界最悪のサービスと評判ですが、意外とそうでもなかった。。。国際便は。
なお、アエロフロートロシア国際便はモスクワ-成田しか存在しないので注意。
地方へ:各種飛行機が出ています。アエロフロート航空。
ミネラルヌイエボディまではアエロフロート利用。飛行機は割と高いです。
バスは安いですが、今回利用しませんでした。
空港について:2011年1月24日午後4時32分、モスクワ南郊にあるドモジェドヴォ空港の国際線到着ロビーのカフェ付近で爆発が起き、少なくとも35人が死亡、約130人が負傷した。メドベージェフ大統領は爆弾テロとの見方を示し、北カフカス出身の男3人を手配した。
って事故もあるようで、これだけは運としかいえませんね・・・・。
【その他特記事項+エルブルース登山について。】
・寂れた駅などにホテルを取ると、もれなくアル中の群れを見る事になります。
・地方は寂れているイメージが強い。
・郊外は治安の悪い所もあるので注意する事。
・地下鉄が恐ろしく地下にある。そして・・・エスカレーターが恐ろしく早い。=怖い。
・エルブルース登山について。
のんびり語っていく事とします。
まずこの国ですが、ビザとバウチャーでもめます。
これでもかって位に。で、基本的にバウチャーがややこしいのです。
モスクワ、ミネラルヌイエボディまでバウチャーで決定出来たとしても、アザウ村が決定出来ない。
さらに言えば、HISなどの旅行会社でもそこまでの知識は持ち合わせていないらしく、決定不可能だそうです。
そこで、日本の登山ビジネスをやっている会社が登場します。
という訳でググってみよーなんて事でググってみると、そこに書かれている値段が凄まじい物が多い。
A社:555000円、B社:585000円など・・・
・・・さて、この値段をどこまで下げ、またエルブルースに登るか、が焦点となるわけです。
意外と日本人が使わない旅行ガイドブックがあります。
それが、Lonely Planet。
アメリカが出している(であってたよな?)全英語のガイドブックですw
英語が苦手な方は敬遠しがちですが、意外とロンプラはしっかりしていて、安宿情報、現地交通、また治安などに関しても的確に言及されており、カバーしているエリアはほぼ全世界な為、マイナーな地区でも乗っている事が多いです。歩き方にはアザウ村までの行き方なんて乗ってませんしね。
そこでここからツアー会社を選ぶと言う方法があります。
自分はこの中からツアー会社を選び出し、ホテル代・バウチャー手続き全て負担、10泊位の宿泊料金しかも全てメシ付き、ミネラルヌイエボディからの送迎付きで90000+αでいけました。
これだけでも40万近く節約している計算になります。
ただし、この場合の欠点というのは以下のものになると自分は考えています。
・顔をあわせた事も無い外人と英語でのメールのやり取りが必要となる。
・それに対する精神的不安。
・振込先がロシアの場合、郵便局が利用できるが、向こうは必ずWestern Unionを請求してくる。
(ロシアはWestern対応していないので郵便局からの振込みという方法有)
・現地のツアーに言ってもロシア人ばっかなので飯が日本食が皆無である事。
などです。
日本のツアーが50万以上だからといって日本人相手、そして日本語が通じると言う事を考えると、それでも安いのかもしれませんね。なんて自分は考えます。
まぁ、自分はお金がないので、その中でやりくりする方法を考えた結果がこれでした。
参考にしてみてください。
次。
旅行会社で航空券を取る時に、例えばアエロフロートで成田〜モスクワ〜ミネラルヌイエボディまで取り、アザウ村まで行く事を伝えると・・・会社によってはめちゃくちゃ警告されます。
理由はグルジア情勢。
グルジア情勢ははっきり言ってよくないです。そしてエルブルース山はそんな情勢が良くないグルジアの手前にあります。
なのでこの辺りに関しては旅行会社によっては色々言われるケースもあるようです。
(実際最高レベルの退避勧告を4とすると、グルジア側が4であり、エルブルースは3なので。)
個人的にはこれを理由に空港で賄賂要求が有った事が一番うざかった事ですが、基本的にアザウまでなら凄く平和な印象を受けました。
自分が伝えられる情報はこれくらいかも。
以上、ロシア情報終!解散!


